爆炎浪花天国の焼肉大戦
いらっしゃい! いらっしゃいませぇぇぇい!!
だれが「声がでかすぎて道頓堀川のトンボがショック死した」やねん! やかましいわ!
オレがここ、天下の台所・大阪は道頓堀で知らぬ者のいない伝説の焼肉屋「焼肉・爆炎浪花天国」の店長、肉巻 豪快(にくまき ごうかい)や!!
覚えときや! オレの焼肉に対する愛はな、太陽の表面温度よりも熱いんやで! ウチのロースを食べたヤツはな、あまりの美味さに全員カニ歩きで帰っていくんや。なんでカニ歩きかって? まっすぐ歩いたら美味さの衝撃で地球の自転についていかれへんようになるからや!! 知らんけどな!!
「店長! 今日もカルビの霜降りが芸術的すぎて、肉からモナ・リザの顔が浮かび上がってきてます!!」
奥の厨房から、バイト歴三ヶ月にしてすでに胃潰瘍になりかけている愛弟子・タクヤが、皿に盛られた極上の特上カルビを抱えて叫びながら走ってきた。
「アホかタクヤ! モナ・リザやなくてモナ・肉・ザやろが!! ほんでなんやその霜降りは! 赤と白の比率が黄金比超えて、もはやルーブル美術館に寄贈するレベルやないか!! この肉を網に乗せたらな、ジュ〜ッやなくて『オー・ソレ・ミオ〜♪』ってオペラが流れるんやぞ!!」
「マジすか!? じゃあ火加減どうします!?」
「強火一閃! 肉の表面が『ちょっと待って店長、心の準備が!』って言うてる間にひっくり返せ! 0.5秒遅れたらオレのドロップキックが貴様のミゾオチに炸裂すると思え!!」
「スパルタがすぎるわ!!」
これがウチの日常や。毎日が命がけ、毎日が肉と炎の格闘技。だがな、今日の道頓堀は一味ちがう。なんせ今日は、ウチの店に「あの男」がやってくる日なんやからな……!
カランカランコロン!!
店の扉が開いた瞬間、店内の温度が5度下がった。いや、下がるかい! 焼肉屋の網が全開で燃えとんのに下がるかいな! だが、気配が明らかに異質や。
入ってきたのは、全身黒タキシードに身を包み、なぜか手に金のトングを持った男。自称・世界一の美食家にして、数々の飲食店を廃業に追い込んできた悪魔の批評家、ベンジャミン・胃袋・マキシマムや!
「フッ……ここが噂の『爆炎浪花天国』か。フレンチの三ツ星も、ニューヨークの極上ステーキもすべて食い尽くしたこの僕を満足させられるかな? もし僕の舌を唸らせることができなければ、明日のSNSで『この店の肉は消しゴムの味がする』と書くことになるよ」
ベンジャミンは白手袋をはめた手でサングラスをクイッと上げ、カウンター席に深々と腰掛けた。
「おいおいおい、大層なご挨拶やないかベンジャミンちゃん! 消しゴムやと? ウチの肉を消しゴム扱いしたらな、文房具メーカーから『そんな美味い消しゴムがあってたまるか!』ってクレーム入るわ!!」
オレはカウンターにダーンと両手を突きつけ、ベンジャミンの目を覗き込んだ。
「ええか、ベンジャミン! ウチで出す肉はな、牛が生まれてから出荷されるまで、毎日モーツァルトを聞かされ、高級マッサージを受け、落語を聞いて育った『爆笑超絶極上和牛』なんや!! 肉自体が『オレを喰え!』って笑いながら網の上で跳ねるレベルなんやぞ!!」
「ハッ! くだらないハタリを。言葉はいらない、まずは君の一番のオススメを出したまえ」
「言うたな!? タクヤァァァッ!! 蔵から『あの肉』を持ってこい!!」
「て、店長! まさか……あの肉を出すんですか!? 早すぎます! あれは全宇宙の平和が脅かされた時にしか焼いてはいけないと言われている……!」
「黙れタクヤ! 今ここでベンジャミンを倒さねば、道頓堀の肉文化が滅ぶのや!! 持ってこい! 『幻の道頓堀ドラゴン上ロース』をぉぉぉッ!!」
タクヤがガタガタと震えながら奥から運んできたのは、銀のトレイに乗せられた一塊の肉だった。
その瞬間、店内の照明がパチパチと点滅し、なぜか遠くで雷鳴が轟いた。
「な、なんだこの肉は……! 鮮やかな赤身の中に、まるで竜の鱗のように美しく巡らされた脂身……! しかも、かすかに『モー』と『ギャハハ』が混ざったような声が聞こえる……!?」
ベンジャミンが額に汗を浮かべながら戦慄する。
「フフフ……驚くのはまだ早いで、ベンジャミン。この『ドラゴン上ロース』はな、あまりの肉質の柔らかさに、タレにつけた瞬間、タレの方から肉にしがみついてくるんや!」
「意味がわからないよ店長!!」
「理屈ちゃうねん、ハートや!! ほな焼くで!! 爆炎開眼!!」
オレは超高温に熱せられた無煙ロースターの上に、ドラゴン上ロースを解き放った!
ジュワワワワワワワワワワワワワワアアアアアアアッッッ!!!!
店内に爆炎と、脳を直接揺さぶる香ばしい煙が充満する!
「ぐぬぬ! なんだこの香りは!? 芳醇な脂の甘みと、特製醤油ダレの香ばしさが合体し、僕の鼻腔の中でサンバを踊っている!! 助けてくれ、鼻から脳みそがとろけ出そうだ!!」
「まだや! まだひっくり返さんぞ! 網の上の肉が『今だ! 今オレを裏返せぇぇぇ!』と叫ぶ絶妙のタイミング……そこやぁぁぁッ!!」
オレのトングが残像を描く! シュバッ!!
肉が空中へ舞い上がり、クルッと綺麗な三回転半ジャンプを決めて網の上に着地した! まさにフィギュアスケートの金メダリストレベルの着地や!
「トングの動きが速すぎて見えない……! まるで残像だ!!」
「タクヤ! 特製生卵の黄身を割らずに皿にセットしろ!」
「はいっ! でも店長、僕の緊張で黄身が割れそうです!」
「割ったらお前の給料から卵代50円引くぞ!!」
「ケチくさい!!」
オレは焼き上がったドラゴン上ロースをトングで掴み、黄金色に輝く卵黄の中にドボンと潜らせた。そしてそのまま、ベンジャミンの目の前のお皿へと叩きつけるように置いた!
「さあ喰え!! 喰って昇天しやがれベンジャミン!!」
ベンジャミンはゴクリと唾を飲み込み、箸を震わせながら肉を掴んだ。
その肉は、箸で持ち上げただけでホロホロと解けそうなほど柔らかく、黄金の卵黄とタレが絡み合って輝いている。
「ふ、ふん……どれほどのものか……パクッ……」
ベンジャミンが肉を口に放り込んだ。
次の瞬間――店内の時が止まった。
ベンジャミンの目がカッと見開かれ、全身がビクンビクンと痙攣し始めた。
「ベ、ベンジャミンさん!? 大丈夫ですか!?」
タクヤが悲鳴をあげる。しかしオレは分かっていた。これが「本当の極上肉」を食べた人間の反応だということを!
「あ、あ……あああ……!!」
ベンジャミンがタキシードの胸元を破り捨てた!
「う、う美味いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!! 何だこれはぁぁぁぁっ!!」
ベンジャミンは叫びながらカウンターの上でゴロゴロと転がり始めた!
「お肉が……! お肉が口の中に入った瞬間、噛む必要すらないまま、舌の上でふわっと消えた!? いや、消えたんじゃない! 肉の旨味が弾けて、僕の口の中がテーマパークになったんだ!! ロースターの絶叫マシンに、脂のパレード! 卵黄の温かい優しさが僕の全身を包み込む……! 母さん……! 僕、生まれてきてよかったよぉぉぉぉん!!」
「勝った……!」
タクヤが感極まって涙を流す。
「ふはははは! 見たかベンジャミン! それがウチの『ドラゴン上ロース』や! 舌の上で溶けるんとちゃう、舌とひとつになって心臓に直接美味さを送り込んでおるんや!!」
ベンジャミンは涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、オレの手を固く握りしめた。
「参りました店長……! 僕が間違っていた! この店はただの焼肉屋じゃない……肉の奇跡を起こす聖地だ! SNSには『この店で肉を食べないヤツは、人生の三分之二をドブに捨てている』と書きます!!」
「おう! ついでに『店長が男前すぎる』って書いておけよ!!」
「そこは嘘になるから書けません!!」
「なんでやねん!!」
こうして、美食家ベンジャミンとの死闘はウチの完全勝利で幕を閉じた。
……と思ったのも束の間!
ドカーン!!
店の入り口のドアが、どでかい音を立てて開いた!
「おいおいおい! 賑やかやないか『爆炎浪花天国』!!」
入ってきたのは、身長二メートル、体重百五十キロはあると思われる巨漢の男。首からは太い金のネックレス、服はトラ柄のシャツ。道頓堀の裏通りを牛耳る伝説のバカ食い大魔神、「通天閣のトラ」こと虎次郎や!
「げぇっ!? トラさん!? なんでここに!?」
タクヤが白目を剥いて失神しかける。
「ヒッヒッヒ……豪快の兄ちゃんよぉ! 今日は腹ペコでやってきたで! ウチの組の若い衆十人を連れてな! 今日はこの店の肉、端から端まで全部食い尽くしたるから覚悟しぃや!!」
トラの後ろから、同じようなトラ柄の服を着たガラの悪い男たちがゾロゾロと入ってくる。全員、お腹を「グ〜〜〜ッ」と鳴らしている。その音だけで店内の換気扇が逆回転するレベルや!
「ほう……トラのオッチャンか。威勢がええなぁ。だがな、ウチの在庫を舐めてもらっちゃ困るで! ウチにはな、全国から集めた極上の黒毛和牛が、牛三頭分は常備してあるんや!!」
オレはエプロンを締め直し、不敵な笑みを浮かべた。
「タクヤ! 失神してる場合ちゃうぞ! 厨房の冷凍庫全開や! 今日は道頓堀史上最大の『焼肉大戦』開戦やぁぁぁぁっ!!」
「い、よっしゃぁぁぁあ!! 肉持ってきます!!」
タクヤが覚醒し、厨房へと飛び込んでいく。
「野郎ども! 焼き網に火を点けろ! シマチョウ、ミノ、レバー、タン塩、ハラミ、カルビ、全部持ってこい! 網の上が火事になっても消火器は使うな! 脂で消せぇぇぇっ!!」
「店長、脂で火は消えません、燃え広がります!!」
「こまけぇことはいいんだよ!!」
店内は一瞬にして戦場と化した。
トラの組員たちが猛烈な勢いで肉を網に載せ、煙がモクモクと立ち込める。
「うおおお! このタン塩、分厚いのにサックサクやぞ!」
「ハラミのタレが美味すぎてご飯が止まらん! すいませーん、ライス昔話盛りで5杯追加!!」
「シマチョウが口の中で弾けて脂の旨味が爆発した! 誰か救急車呼んでくれ、美味すぎて息が止まる!!」
ヤクザ風の男たちが、まるで少年少女のように目を輝かせて肉を貪り食っている。
「ガハハハハ! どうだ豪快! ウチの若い衆の食いっぷりは! お前の店の肉は確かに美味いが、供給が追いつかなくなったらオレたちの勝ちやで!!」
トラが豪快に笑いながら、ロースターの上で大量のホルモンを転がす。
「ふっ……甘いなトラのオッチャン。供給が追いつかない? 誰にモノ言うてんねん。オレのトング裁きは、光の速度を超えて過去の肉まで焼きあげるんやぞ!!」
「タイムパラドックス起こすなよ!!」
オレは両手にトングを持ち、「二刀流・爆炎乱れ焼き」を発動した!
右手のトングでカルビを裏返し、左手のトングでミノを転がし、足のつま先でビビンバの器を温める!
「見よ! これが『爆炎浪花天国』店長、肉巻豪快の神技やぁぁぁっ!!」
シュバババババババババッ!!
店内を飛び交う極上肉の嵐! 網から網へ、皿から皿へ、寸分の狂いもなくジャストな焼き加減の肉が配給されていく!
「な、なんというスピード……! 焼き加減が全て完璧だ! レア、ミディアム、ウェルダン、客の好みを瞬時に見抜いて焼き分けている!!」
ベンジャミンが端の席で感動の涙を流しながら叫ぶ。
「ぐぬぬぬ……! やるな豪快! だが、オレ様の胃袋はこんなもんやないぞ! オレに『特大壺漬け一本カルビ』を出してみろ!」
「来たな……! 壺漬け一本カルビ! 全長五十センチ、タレの海に三日三晩漬け込まれた、ウチの最恐兵器や!」
オレは厨房から巨大な壺を担ぎ出してきた。
「タクヤ、網を最大火力にしろ! 網が赤く発光するまで熱するんや!」
「店長! これ以上加熱したら網が溶けて鉄くずになります!」
「溶けたらオレが素手で網の代わりをしたるわ!!」
「熱血の方向性が狂ってる!!」
オレは壺の中から、まるで大蛇のような巨大な一本カルビを引き揚げた!
タレが滴り、濃厚なニンニクと果実の香りが店内に蔓延する!
「行くぞトラ! これが……道頓堀の魂やぁぁぁぁっ!!」
ズドォォォォンッ!!
一本カルビが網の上に叩きつけられた!
ドカンと大きな炎が立ち上り、店内の天井を焦がす!
「うわあああ! 火事だ! 火事だぁぁぁ!」
客たちが騒ぎ出すが、オレは動じない!
「慌てるな! これは火事ちゃう、『肉の産声』や!!」
「産声の規模がでかすぎる!!」
オレはハサミを高速で振り回し、焼き上がっていく一本カルビを一口大にチョキチョキとカットしていく! その動作、まさにハサミの演舞!
「さあ喰えトラ! これがオレの、魂の焼肉や!!」
トラは差し出された熱々のカルビを、豪快に口の中へ放り込んだ!
「モグ……モグ……モグ……」
トラの動きが止まる。
静寂が店内を包み込む。
「……トラさん?」
組員たちが心配そうに顔を覗き込む。
すると、トラの目からボロボロと大粒の汗……いや、涙が溢れ出してきた。
「ト、トラさん! 泣いてるのか!?」
「あ……あああ……! 美味い……美味すぎる……! このカルビ、タレの甘みとニンニクのコクの中に……なんだか……おふくろの温もりを感じるんや……!」
「ええっ!? おふくろの味!?」
「オレはな……昔、貧しくて肉なんか滅多に食べられへんかった……おかんがたまに作ってくれた、安い肉を安物タレで漬け込んだ炒め物……あの味を思い出すんや……。でも、この肉はあの時の何万倍も美味い……! 美味しくて……温かくて……涙が止まらへんのやぁぁぁぁん!!」
トラは巨体を震わせ、子どものように号泣し始めた。
「トラのオッチャン……。肉はな、ただ腹を満たすためのもんやない。食べた人間の心を温め、明日への活力を湧き出させるための命のバトンなんや。だからオレは、今日も網の前に立ち続けるんやで」
オレは静かにトングを置き、ニッと笑った。
「豪快の兄ちゃん……! お前、最高の男や! オレは感動した! 今日の勘定は全部オレが払う! 組員全員分、それに店にいる客全員の分もや!!」
「「「うおおおおおっ!! トラのアニキ、太っ腹ぁぁぁぁ!!」」」
店内は大歓声に包まれた!
ベンジャミンも、トラも、組員たちも、一般の客たちも、みんなが笑顔でハイタッチを交わしている。
煙で目が痛いのか、美味すぎて感動しているのか分からんが、全員が涙を流しながら極上の肉を頬張っている。
「ふぅ……今日もひと仕事完了やな、タクヤ」
オレは額の汗をタオルで拭い、冷えた麦茶をグッと飲み干した。
「はい! 店長、本当に最高でした! 僕、この店で働けて本当に良かったです!」
タクヤが目を輝かせてオレを見る。
「へへッ、何を照れるようなこと言うてんねん。よし、片付けが終わったら、今日の賄いは『特上サーロインのステーキ丼』にしたるからな!」
「マジすか!? やったぁぁぁぁ!!」
その時、オレの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
画面を見ると、差出人は「おかん」。
「ん? なんやババア、こんな忙しい時間に……もしもし?」
『あ、豪快? あんたなぁ! 実家の冷蔵庫に入れておいた、おかん特製の高級梅干し食べたやろ!!』
「はあ!? 梅干し? 知らんわ! オレは肉しか食わん肉食系男子やぞ!」
『嘘つけ! 現場に「肉巻」って書いた靴下が落ちとったんじゃ! 弁償しなさい弁償! 明日の朝までに和歌山の最高級南高梅持ってこーい!!』
ガチャッ!! ツーツーツー……。
「……」
「……店長? どうしたんですか、青い顔して?」
オレは静かに携帯をポケットに仕舞い、深々と溜息をついた。
「タクヤ……」
「はい?」
「道頓堀で一番強いのはな……オレでもトラでもベンジャミンでもない……実家のおかんや……」
「知らんがな!!」
道頓堀の夜はまだまだ明けない。
爆炎と笑顔、そして美味い肉の香りに包まれて、ウチの店は今日も元気に営業中や!
ほな、みんなも道頓堀に来たら『爆炎浪花天国』に寄っていきや!
店長特製のドロップキック……ちゃうわ、極上の上カルビを用意して待っとるで!!
いらっしゃい! いらっしゃいませぇぇぇい!!